バイオリンに恋して、本に恋して

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図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結してあくまで自由を守る

   

昨日、無事、演奏会が終わりまして、ホッと一息。
でももう次の曲も決まってるので、練習を始めないとなりません。
というか。むしろ練習したい気分に。

というのも昨日、バッハのバイオリンコンチェルト1番をやったのですが、ソロを弾いた先生のバイオリンの音が耳から離れない!
とくに2楽章の美しさは、もううっとりでした。
なんというか、香りがたつような音。
先生、おじさんなんですけどね!w
でも、ものすごーーーーく色気のある音でした。あんな音で弾けるようになりたい、というのが、ひそかな私の野望です。

さて、やっと一大イベントが終わったので、ちょっと遅れをとってしまっている司書講座に力を入れていこう、と思います。
司書資格を取ろうと思った理由はこの前書きましたが、実際に、司書の勉強をしてみて、その内容の面白さに正直、びっくりしてます。
いや、もちろん本が大好きですから、それにまつわる勉強が、まったくおもしろくないだろう、と思っていたわけではないです。
そう思ってたらやらないw
ですが、ここまでおもしろいとは思わなかった、というのが正しいかな。
それも、どの授業もおもしろいんですよ。
あー・・・図書館サービス論は、ちょっと大変かなー・・・(笑)
一番、大事なところだろう、という突っ込みはなしでお願いしますw

授業の名前からしてむずかしいんだろうなあ、と思っていた、図書館情報資源論や、情報資源組織論、これがまたおもしろいんですよ!
いろいろな歴史的なことも学べるので、ワクワクします。
この前視聴した授業では、日本の出版業界がどうやって生まれたか、そして発展してきたか、そして、現在の状況、を勉強しましたけど、これもおもしろいですねー!
「取次」とか言葉は、なにかの小説で読んで知ってましたけど、実際、どんなものなのか、なぜこんなものがあるのか、は知らなかったので、へえーー!!という感じでした。
日本の歴史が密接に結びついてるんですね。
日本は電子書籍がなかなか浸透しなくて、その理由はいろいろあるんですが、その中の一つに、日本の特殊な出版業界の慣例があるそうで、そのあたりも、ああ、なるほど、と納得しました。

そうそう、例の「図書館戦争」に出てくる、「図書館の自由に関する宣言」あれも、情報資源論で扱いました。
そう、あれです。
「図書館の自由が侵される時、我々は団結してあくまで自由を守る」ですよ!
いや、もうね、ゾクゾクしましたw

でもね、「図書館戦争」を読んだ時は、へえ・・・こんな宣言あるんだ、かっこいいなー、と思っただけだったんですよね。
だって、正直、ピンとこなかった。
なぜかといえば、今、日本は「自由」だからですよね。
「不当な検閲」というのは、少なくとも、目に見える形ではあり得ない。
好きなものが好きなように読める。
なので、よくわからなかった。
でも、実際、日本の図書館の歴史や、アメリカの図書館の歴史を勉強してみると、この宣言が、実際に必要に迫られて作られたものなのだ、ということがよくわかるんですよね。
日本の場合は戦時中の検閲があったので、まあ想像はできましたが、まったく知らなかったのがアメリカの状況。
アメリカでは戦時中ではなく戦後の50年代、60年代に、極右思想団体との、まさに「戦い」を図書館が繰り広げてるんです。
「検閲」というと、公権力が望ましい書籍、望ましくない書籍とを区別して圧力をかける、いわゆる日本の戦時中の「検閲」を思い浮かべますが、このアメリカの50年代60年代の戦いは、公権力による「検閲」ではないんですよね。ある思想を持った人々からの「圧力」なわけです。
ここが恐ろしいですよね。
ただ、これ。
極端な極右思想団体による圧力だから、それはちょっと危険でしょ、と言えますが、じゃあ、今の日本で、これは未成年には好ましくない、と思う書籍はどうだろう、と考えると、問題は一気に複雑になります。
私も、正直、子供には触れて欲しくないなと思う書籍というのは、やっぱりあるわけです。
でもそういうものを「良書」ではない、と区別して排除していくことは、図書館の自由、という大原則には、反することなんですね。
それにまた、その「いいと思うか、よくないと思うか」というボーダーラインは、多分に主観によるもので、ここもまた、難しいところで。

図書館の自由、というのは、すべてにおいて「自由」。
利用者も限定しない、資料の著者も、資料の内容も限定されない。
つまり、どのような思想を持った人物が書いたものなのか、あるいは、どのような主義主張のもとで書かれたものなのか、どのような観点にたつものなのか、という理由で排除されることがあってはならない、わけです。
選書に携わる図書館員がその思想に賛同している、していない、ということはいっさい関係がない。図書館の大原則は、すべての資料を平等に収集しなければならない、わけです。
これが、本当の意味での「図書館の自由に関する宣言」なんですよね。
このあたり、突き詰めて考えていくと、本当に難しい問題だな、と思います。

あと「生涯学習概論」もとてもおもしろいです。
これね、実は、大学の時に勉強してるような気がするんです。
大学時代に学芸員資格を取ったわけですが、その時に一緒に、社会教育主事の資格も取ってるんです。
なので、この「生涯学習概論」、というか、こういう内容の授業は受けてるはずなんですけど、なんの記憶もないw
こんなおもしろかったっけ?というw
社会教育についての勉強なので、現代の日本の様々な問題点と結びついた内容なんですよね。学校教育の実情や、地域格差や、ボランティアの状況や・・・なので、とても興味深い授業です。
ああもしかしたら、社会に出たり、子供を持ったりしたことで、現実味を帯びたのかもしれません。
20歳の女子大生に、社会をリアルに受け止めろ、と言ってもまあ、無理ですもんねw

司書講座がおもしろい、というのの理由の一つは、いろいろな歴史的な勉強がおもしろい、というのもありますが、たぶん、現代社会のいろいろな問題点と密接に結び付いた授業内容だからおもしろい、ということもあるんだと思います。
専業主婦で家にいますから、どうしても視野が狭くなります。
本をどれだけ読もうと、ネットでいろいろ検索して知識を得ようと、それは、あくまでも、自分の自由意志でやってることなので、自分の興味の対象にしか目が行きません。
だから、司書資格の勉強が、今まで見落としていた部分、見ようともしていなかった部分の社会的な問題を知るきっかけになった、ということなんだと思います。
その意味でも、司書の勉強を始めたのは、本当によかったなあ、と思います。

 - 司書資格, 日記

読んでくださってありがとうございます('-'*)